2017/04/01人は自然の子供

人は自然の子供
紙漉きに興味を持ち、門出和紙へ来てからもうすぐ3年目を迎えようとしている。
田舎に休みはないという意味ももうわかる。工房での仕事も忙しいが、春になれば畑もやる、楮も育てる、また他の紙漉きの産地にもあちこち行ったりもしているので、こっちへ来てからの時間はあっという聞に過ぎた。
 
自分が生まれ育ったのは東京だが、父親は伊沢和紙工房のある、十日町市犬伏出身。
小さい頃から新潟へはよく来ていた。
その頃見ていた外からの景色と、今の実際に暮らし始めてからの内からの景色とでは、当たり前だが感じることも違う。
人の性質や習慣、環境の違い。
中でもやはり暮らしの中では雪が大きいウエイトを占めているなあと改めて感じる。
こっちでは雪、冬、が1年の中心にあるように思う。
 
冬があるから春の喜びがあるし、雪が山菜や農作物をより生かしている。
門出の紙も元々は冬仕事。
雪が降る前にあれをしようとか、雪が溶けたらあれをしようとか。
雪の聞のちょっとした晴れ間なんかがあると、何をするわけでもないような感じで、
ゾロゾロとソワソワと人が湧いて出て来る。
まだ時期的にも特に大したことができるわけでもないのに、畑を見に行ってみたり。
春が待ち遠しいんだなと思う。
 
「人は自然の子供」というタイトルをつけてもらった。
小林康生さんの様々な話を紹介するインターネット上のサイトである。
紙の話や地域の話、子供の頃の思い出、今の考えなどを発信するため、記録として残すために始めた。
小林さんはご存知の通り話好きでもあるので、多くの所で話をし、また物を書いてきてもいるが、インターネット上にはそんなに多くの情報がないと自分が感じていたのも動機のひとつ。
またこれから紙漉きに興味を持つ人のためにも、紙漉きの専門的な情報をインターネット上にもっと増やしたいと思ったのもある。
生紙工房には1年を通して多くの人が、小林さんに会うために、話をしに、聞きに来る。
門出に住む内の人から見たらあれこれガチャガチャやってる人かも知れないが、外から見たらかなり興味深い面白い人だなと思う。
物語を作れるし、語れる人だと思う。
自分自身でも小林さんの話を聞いてまとめながら、また宿題と称し渡される資料を読みながら、整理し理解していく。
そういった知識や知恵は共有していくべきだと考えている。

そのさまざまな話はChapterで区切ってあるが、Chapterとは映画などのDVDでもあるように、場面とか部分とかという意味。
つまり小林さんの人生の、ある場面や断片的なエピソードを積み重ねていくことで本質的なものをもっと表わせないかという狙いもある。
 
1ヶ月半に1回ぐらいのペースで、毎回色々な質問を交えながら2~3時間ほどの話を録音し、文字として自分がまとめる。
それを再度小林さんに確認してもらい、アップするという流れで行っている。
インタビューのような形式でもあるが、基本的にはただの会話でもあるので、話があっちに飛んだり戻ったり戻ってこなかったり。
紙の質問をしたのにブラックホールの話をされたり。
なんだかすごく哲学的なことを永遠と喋ってるようだけど、これどうやってまとめようとか。
小林さんの話は、物事を俯瞰的に見て尚且つ着地点が読めないこともあるので、まるでドローンのようだと個人的には思っている。
文章が読みにくければスミマセンですが、意見や質問なども頂けたら有り難いです。
宜しくお願い致します。
 
また今年も雪が溶けようとしている。
工房から車で15分ほどの所に今は家を借りて通勤している。
もう少し暖かくなれば車じゃなくバイクにしようか。
東京にいた頃は電車で通勤していた。
毎日のように車内で流れる人身事故の遅延アナウンスと時計を見合わせながら、池袋、新宿を通り、渋谷までを、埼京線という都心でも有数の満員電車に乗って通勤していた。
こっちに来てから通勤中にすれ違うのはタヌキぐらい。
道中には棚田もあり、春から秋にかけての季節の移ろいがある。
ふきのとうが出始めたり、クルミが落ち始めたり、季節が変わる時間がある。
もうすぐ春になろうとしている。
都会と田舎とでは一長一短、どちらが良いとも思わないけれど、確かにこちらでは人は自然の子供のようだと感じる。
 
門出和紙 小嶋 紘平
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